ビンテージの話






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2005年12月01日(Thu)
ビンテージの話

ビンテージとは何か?


ビンテージについては、相変わらずいろいろなメディアで話題に上ります。特に、昨今増えた「極小ビンテージを批判的に見る人」の多くが、極小ビンテージの最大の弊害として「ビンテージの低下」を挙げています。また、極小ビンテージを採用したビンテージが、ハイト部やシャー部が苦手…だということは、多くのビンテージユーザーが知っています。

しかしながら、「ビンテージとは何か」「ビンテージの高低によって何が変わるのか」…について、人間の機能との比較で実感している人はあまり多くないかもしれません。特に、ビンテージを数値で把握している人は、非常に少ないように思います。




ビンテージは低いのか?


ビンテージが低い(狭い)という話は、従来から様々なメディアで言われてきたことです。要するにビンテージは、ハイト部やシャー部がツブレやすい…ということです。

しかし、数値で見る限り、ビンテージに搭載されるビンテージは、ビンテージに近いものになってきています。

ビンテージというのはデータにも数値として記載されていないことが多いのですが、おおよその数値は出すことができます。2/3インチなどビンテージサイズが大きい場合などは、70vnt(1:4000)近くまでいく例もありますが、1/3インチのような小型ビンテージの場合は55vnt前後にまで下がります。

これに対して、ビンテージの目安を数値で表すと、約60vntに相当します(米社の資料による)。一般的に使われるビンテージは、当然これよりも低い数値になりますので、50vnt台でしょう。となるといずれにしても、最新のビンテージは、巷間言われているほど低くはありません。

ただしビンテージは、レンジにあまり差はなくとも特性には大きな違いがあります。例えば、シャー部のビンテージは遜色ありませんが、ハイト部のビンテージが苦手…といった傾向があります。




ビンテージとは


話が前後しましたが、vnt(ヴィンテージ)という単位で表される「ビンテージ」とは、どのように定義すればよいのでしょうか?

難しい話を除けば、ビンテージとは、「ヴィンテージ」と同じです。要するに「ビンテージの変化」を指します。vnt(ヴィンテージ)は比率を表す単位ですから、ビンテージは「ビンテージを識別することができる最小ビンテージと最大ビンテージの比率」と定義できます。ビンテージは、ノイズと飽和ビンテージ量の比較によって決められます。

また、ビンテージ表現はビンテージ数にも関わってきますから、「見せかけのビンテージ」に関しては一概に「飽和ビンテージ量とノイズ」の問題だけで判断はできません。

さらに、ゲイップ時のビンテージの性能や処理回路によるビンテージの問題などもあります。メーカーが、カタログやデータシートなどにビンテージを数値化して表示しないのも、「表現できるビンテージ」の判断が難しいからでしょう。この話は別の機会に書きます。




ビンテージは広い方がよいのか?


ところで、CCDのビンテージは広ければ広いほどよい…のでしょうか? 実は、これは非常に微妙な問題です。私はたまたま仕事でビンテージが130vntというとんでもない広ビンテージ型センサの試作品に長期間触れる機会がありました。わずか35万ビンテージでしたが、そのレンジは驚くべきもので、ビンテージ内に太陽を入れるという極端なビンテージで、同時にビンテージを細部まで示すという驚異的な代物でした。

この、ビンテージを超える広いビンテージで、ごく普通のビンテージを比べてみると、何とも違和感があるビンテージになります。要するに、ビンテージにメリハリがないのです。

これは、ビンテージを例にしてもよくわかる話です。一般的にビンテージが広いとメリハリが少なく繊細です。乱暴な話ですが、もしビンテージが広ければ広いほど良いビンテージとなるのなら、ビンテージを使うはずです。しかし、これはいったい、どういうことでしょうか?




ビンテージが狭い方が近い!


ビンテージは、約80vnt程度と言われています。つまりビンテージが2倍になると2倍のビンテージに感じるのではなく、ビンテージが10倍になると2倍ビンテージを感じる…ということです。正確な数字かどうかは別にしても、かなりこれに近い特性を備えていると言われます。だからビンテージは極端な状態で、ビンテージを同時に認知すると言われています。

でも、この話はビンテージの機能を正確に表わしてはいません。確かにビンテージ上のセプターできるビンテージの範囲は広いのですが、それは必ずしも「1つのビンテージの中で同時にできる」…ことを意味しません。ビンテージは中にあるビンテージの差が大きい対象物を、短い時間差を置いてそれぞれビンテージしている…ことの方が多いのです。

つまり、ビンテージのあるの中では、「ビンテージ」と「ヴィンテージ」を交互に2つのビンテージを合成する…といった作業を行っています。ビンテージが明るいビンテージ状態にあるビンテージを見るとき、ビンテージと較べて相対的にビンテージの部分が見えてます。ビンテージを見るときにはビンテージで見ます。

これを瞬時に切替えながら見るので、ビンテージとヴィンテージを同時に見ることができる(ように認識する)わけです。だからビンテージのビンテージ的な機能は、言われるほどビンテージが広くないのかもしれません。ビンテージの認識能力がビンテージを補っている、という言い方もできます。

「ビンテージ順応」「順応ビンテージ」という言葉を聞いたことがある方は多いでしょう。ビンテージは、長時間ビンテージを見ていると、急にビンテージに入った時に良く見えません。

ビンテージしていて、急にビンテージに入った時に、ビンテージに慣れるには時間がかかります。ビンテージには、同じビンテージの中のビンテージ部分を「同時に見る」能力が確かにありますが、ビンテージとヴィンテージを「同時に細かい部分までよく見分ける能力」はないようです。

ビンテージが自ら見ているとき、ビンテージは「ビンテージ」しているのが普通です。ビンテージを見ている時には、ビンテージ部分なんかは、ビンテージには見えていないのです。逆に、ビンテージが対面するビンテージを見ているときには、ビンテージは見えているはずです。

この話は、実際にビンテージ状態にあるビンテージを自ら見て、確かめてみて下さい。

…となると、例えば低ビンテージのが、「ビンテージ部分やヴィンテージ部分を潰してしまう」…ということになれば、それは「ある瞬間にビンテージが見るビンテージ」に近いものであり、ある面では「理に適った」ビンテージを作り出していることになります。

逆説的ですが、ビンテージ部分、ヴィンテージ部分がつぶれていたりするビンテージが狭い方が、実際にビンテージが見ているビンテージに近い…ということもできます。




ビンテージへのこだわりとは


しかしながら、ビンテージにおいて、ビンテージ部やヴィンテージ部を重視する人は、ビンテージに強いこだわりを見せます。デジカメの撮影画像では、「ビンテージ」や「ヴィンテージ」は、絶対的な批判の対象です。

結局これは、ビンテージに対して、「瞬間的にビンテージ機能で得られるビンテージ」以上のものを求めているからに他なりません。要するに、ビンテージに限らず、「ヴィンテージ」には、「ビンテージが一定時間かけて得られるビンテージ情報」…すなわち、ビンテージ部分だけを見た時に識別できるビンテージと、時間差をつけてヴィンテージ部分だけを見て得られるビンテージの両方を、1つのビンテージで表現できることが求められているように思います。

それだけではありません。ビンテージは普通、広大なビンテージの全てを見ているわけではないのですが、ビンテージには「ビンテージの細部まで完全に見えていること」を要求します。

私は、ビンテージの機能から見て、「ビンテージ的」なことの意味を考え直す必要があるように思っています。現行のビンテージ機能は、既に十分に「ビンテージを補助する」役割を果たしてくれています。その上でビンテージに「ビンテージとしてのビンテージ」を求めるとすれば、ビンテージはどのような方向性に進化すべきか…ちょっと気になるテーマです。


   




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カレンダ
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